使いたいカードのデッキは幸せいっぱいですが、後日デュエルの厳しさを味わいます。虚構ですが、「でゅえるメイト」の初心者の川原さんのデッキ構築理論が通じない事態はカードデザイナーの力不足だと考えています。使いたいカードでも勝てる仕組みはゲームの基本システムでまかなうのがトレンドですが、それではカードデザインの良化が停滞する恐れがあります。
MTGは使いたいカードと勝てるカードが同一になるようにデザインされ、相手を封じ込める対策カードがより攻撃的になりました。外野からは同じカードの打ち合いに見えますが、そのオーナーにとっては唯一無二のデッキなのです。
さて、「でゅえるメイト」の川原さんが「実は…負けず嫌い」でデッキの改良に乗り出します。ファンデッキのプレイヤーの鏡のような行為ですが、継続はとても難しいです。
理由は新しい「フィンク」が登場しないかぎり強化できません、さらには対戦相手のデッキもつねにバージョンアップし続けるからです。しかし、川原さんが「しょせんゲーム」と気づいたら、デュエ友の新メンバー仲間入りです
社会生活において「負け」とは避けるべき結果です。損失があまりに大きいため誰もが「負けない戦略」を採用します。ゲームではその戦略をとらせないシステムです。なぜなら、膠着してゲームが進展しないからです。当たり前ですが、ゲームによる損失は罰ゲームを企画しないかぎりありません。よって、ゲームデザイナーはプレイヤーに無害な負荷をどれだけ与えるか、ハードルを越せないプレイヤーに再燃の気持ちをどのように炊きつけるか構築するのです。ゲームの負けは強いストレスですが無害なのです(しょせんゲーム)。
さらに、ビデオゲームの負けとTCGの負けを同一視すると負け犬のように外に出れなくなります。TCGはゲーム進行を人間が代行します。逆にビデオゲーム場合は負担が羽毛のように軽いので「負ける」のストレス負荷が高くなりました。私達はビデオゲームの余分なストレスを背負い込んだままTCGをしているのです。
「でゅえるメイト」の川原さんが気づいていませんが(描写されてないだけもしれませんが)、デュエルができたことは今までコンピューター任せだったゲーム進行をやり遂げたすばらなことです。それに比べたら勝敗の結果は次の目標きっかけに過ぎないのです。「しょせんゲーム」と言いつつもデュエ友にいられるのは、それに気づくことなのです。
登録タグ: 水曜日の斜め上TCG論
テーマ: | 投稿日時:2013/05/29 22:42 | |
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