ゲームの神様である「ゲームデザイナー」はなぜ?予測できないことやサイコロを振るシステムを組み込むのでしょうか
「ゲームデザイナー」は運ゲーとは言わせないゲーム創造できますが、その新世界は生態系のない弱肉強食の世界だからです
例えば……
とあるゲームデザイナーが日本を模した「近代都市」の庭ゲームを作りました
都市にある建物や移動する車などはプレイヤーの障害物です
さて、クリアー条件は目的地の到着とします
標準的なプレイヤーなら最短ルートの最速の移動手段でクリアーを目指しますが、ゲームデザイナーは都市をより広く見てしてほしいから妨害します
その手段として予測できない渋滞や偶発によるトラブルをゲームシステムに組み込んでいます
TCGも同じことが言えます
電車やバスの「移動手段」がカードで、渋滞やトラブルは「対戦相手の妨害」と置き換えれば、ライフをゼロにする単純なクリアー条件が広くて深いゲームに生まれ変わっています
次に「運」要素がない「近代都市」ゲームですが、クリアー数を増やして町を隅々巡回すれば制覇できますが、プレイヤーが飽きるリスクもあります
さらに、(パーティーグッズ)クラッカーのように1回だけの使い捨てゲームです
普通のゲームはこれで終わりですが、この「近代都市」ゲームは対戦相手を引き込み延命させます
スタート地点とゴール地点は両者とも同条件(フェア)にすれば、ガチンコバトルの人間カーナビゲームの誕生ですが、これは羊の皮をかぶった悪魔のゲームです
私の斜め上の持論ですが、対戦ゲームの本質とは童話「鏡の国のアリス」の『お前が俺の存在を信じるなら、俺もお前の存在を信じてもいいよ。』
の対戦相手を認めつつ敵対するゲームです
対戦ゲームの決着は両者の公平なゲームシステムよりも勝者のアメ玉と敗者の救済するゲームシステム作りがデザイナーの義務であり唯一の悪魔のゲームの回避術です
残念ながら、その回避術はありませんが擬似回避はあります
それが、「運」要素です
運はもらえるとうれしい物、外れると次に期待する不思議な物です
それを勝者に配るのです
そして、所詮「運」ゲームであるとと両者とも合意すれば「パスカルの賭け」が成立して、致命的な消耗戦(悪魔のゲーム)が回避できるのです
登録タグ:
テーマ:日記 | 投稿日時:2011/08/22 20:10 | |
TCGカテゴリ: | ||
表示範囲:全体 | ||
前のブログへ | 2011年08月のブログ一覧へ ブログ一覧へ |
次のブログへ |