今日はアニメの話。
TCGには関係ない話ですので。
ただ、ちょっと思うことがありましたので書きます。
某漫画家がテレビで今ヒットしているアニメ映画を見て「プロとして面白くないと思った」と発言。
それを見た他の漫画家が「なんのプロなんだ」と発言。
少なくとも同じ漫画家でしょ。
私はクリエイターではないし、その道のプロではないので「アニメ」「漫画」などに関しては自分の好き嫌いで判断をしております。
その中でS氏のアニメ作品はいくつか拝見させていただきましたが
そのどれもが私にとってはいつか見たものばかりであり、個人的に面白いと思ったことがないので
私はそういうことを言ってはいけないのだろうと思っておりました。
まあ、そういう風に思うのはニッチな人種であろうと。
実際若い人などには新鮮に映るだろうし受けるだろうとは思うのですが、私にはどこかで見た技法を感じてしまい、馴染みませんでした。
ゆえにアニメがヒットしていることはそれはそれでいいことであり、私は私の価値観で好きなアニメや漫画の話をしているだけでした。
どうせ私が「面白くない」と書いたところでなんの影響もないですし、書いたところで私自身になにもないのですからそう書く理由もないのですから。
好きな人は見たらいい。いやなら見なければいい。
ただ、面白いという人にケチをつける理由もない。
そんな中で「面白くない」ときちんと発言できる人はすごいと率直に思いますし、さらにそれに対して異を唱える人がいてもいいと思うのもあります。
けどそれは批評する立場の人間の話。
それによって糧を手に入れる人もいるのです。
だからとどのつまり
ほっとけばいいのにと思うのですよ。
そこに口をはさむクリエイターの「プロ」の姿は外から見ていると
なんでこの方はこんなこといっているんだ?と。
奇しくもabemaTVでエスパー魔美を見たのですが
まさにそんな回がありまして。
画家である魔美の父が書いた絵を評論家にボロクソに批評されたことを知った魔美はその評論家に批評を取り消せと迫る。
超能力でうっぷんを晴らして帰ったら父親に「彼は私の絵を嫌いと書いた、私はそれに怒った。そしてこの話はこれでおしまい。」
評論家も命がけできちんと思ったことを書いたことを告白している。そして魔美はうっぷんを晴らすために超能力を使ったことを深く後悔するという話。
この話をあとから口出しした彼の先生はご存知ですかね?
少なくとも何かを描き、それで生きる糧をえているならプロでしょう。
そういうクリエイターはいろんな人種、それこそ私のような門外漢にですら批判を受ける覚悟は常になければならないのだろうと。
有名芸能人がスキャンダルに晒されるのはそういうことでしょう?だったら私のようなものと同じように「ほっとけばいい」んだと。
料理と同じで同じ塩加減でもおいしいと思う人もあればまずいと思う人もいて、味がないと思う人もいて、何度もお代わりをする人もいれば手すらつけない人もいる。
それならばそれでいいじゃないかと。
「あの料理人はみんながうまいと言っているあの人の料理を食べてまずいとか言っているんだ。おかしくないか?」
え?どこかおかしいんですか?
ちゃんと食べて「こういう料理もあるんだ」と認めているのに
その人が「まずい」といった言葉だけを取り上げた挙句
それも「当人でない料理人」が文句を言う筋合いと思えないんですよね。
今のこの日本においてはみんなが一緒でなければならないディストピアなんですかね?
1984の世界ですか。
だったら私は深い海の底で物も言わずに死んでいく貝になりたいです。
一つの価値観以外認められないのなら
アニメや漫画を一生懸命多くの人に認められるように頑張ってきた多くの漫画家や編集者、アニメ関係者が浮かばれないでしょう。
それこそプロならば
「悔しかったらこれくらい稼いでみな」とニヤニヤ笑う余裕を見せたほうがかっこいいんじゃないかと。
奇しくも口をはさんだ先生原作の映画も公開されますしね。
まあ、こんなことを書いたところで門外漢の私の書いたことで
説得力のクソカケラもないです。
全然プロの方々には響かないと思います。
私の感覚は「みんなが同じ考えだと思うなよ」ということだけなので。
本当にすごいものなら「作品は別」となるのがクリエイターの仕事。
そういうものだと思いますよ。
素晴らしい人格者が作ったからと作品も素晴らしいのかというと
それは話が別なんでね。
登録タグ: 雑記
テーマ:日記 | 投稿日時:2016/10/09 03:50 | |
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