なんつーか、人は嫌いなものに対してはものすごく力が出るのである。見ている側としては毒気にあてられていい気はしないんだけど。
よくあるパティーンで、こういう主張がある。
「俺の知ってるゲームはすっかり変わった。今このゲームを作ってる奴は(自粛)だ。あの頃が最高だった」
見たことあるっしょ、この類い?
なんの事は無い、当たり前なのだよ。
人が何かにハマるのは、それまでハマっていなかった物にハマるわけだから、そうとうその物に惚れたわけだ。自分の金やら時間やらを費やしてもいいってぐらいに。その頃はすべてが輝いて見える。あれもこれもいとおしい。ある意味恋愛みたいなもんだ。
つまり、物事にハマった場合、その対象に対する好意は、その初っぱながピークである場合が多いのだ。
そこから時を経ればアラも見えてくる。あるいは当初の方針と何かが変わるかもしれない。ほれ具合も下がってくる。そうなれば、思い出バイアスも相まって、昔はよかった、今はあかんって話になる。
そもそもTCGは変化をすることがシステムに内包されている。最初から最後まで同じであることはありえないし、同じであることはすなわち飽きられるということだ。だからTCG製品は手を変え品を変える。当たり前のこと。変化がないことは、この業界では「安定」ではなく「停滞」と言われるのだよ。その方向性は一つじゃないから、誰かが舵を切らなきゃいけない。それが責任者のお仕事。
カレー屋のカレーが辛くなったら、それは店長の決定なんだから、辛いのがいやなら行かないのが道理。ツイッターで「あそこのカレー屋は辛くなった。最低だ」って書いてもふーんって言われて終わるっしょ?
もし憎悪が抑えきれないぐらいにその製品に文句があるなら、残念だが君は現在のその商品の顧客ではない。すこしクールダウン期間を置くのをお勧めする。趣味なんだから堂々とやめりゃいい。言いたいことがあるなら罵声ではなく理路整然と評論を述べればいい。いい評論文章を書く能力は会社も高く評価するよ。
まあ、憎悪は力を持つけど評価はされないよね、ってそういう話。
PS:ついでに言うなら、企業の社長やカードのデザイナー本人は名前が目立つから標的にされやすいけど、文句を言う先はそこじゃなくてプロジェクトのディレクターね。それが企業の現場の最終決定権というもの。
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テーマ: | 投稿日時:2017/05/19 04:52 | |
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