昨日お客様があまりにも大声で
「このカードがいくらで、」という話をしていたのですが
そもそも
カードの価値って値段でしか測れないものなのかということを思っているわけです。
これから書くことは個人的な意見なのでそれがすべての方に当てはまるとも思いませんし
私の考え方を押し付ける気もさらさらないので
考えが合わないならそっとブラウザの「戻る」ボタンをおしてくださいということで。
そもそも
私自身がマイナーな感性をもっているらしいというか
天邪鬼な部分を持っているので
今流行っているモノに対してだんだんと疑いを持つようになるのです。
「果たしてこのままでいいのか?」と。
で、別の道や別の方法論を模索したくなるわけです。
いつも何かにつけ書いてますが
「多方向からの視点」を持ちたいわけです。
そうした場合シングルカードひとつにいろんな意味があるのですよ。
能力もそうですがイラスト、環境や状態、さらに言えば流通量もそうです。
それらを総合的に判断した上で価格というのは決められるわけですが
基本的にそれらは「ショップの主観」でもある以上に
ショップのプライドにも通じる部分もあるわけです。
だから例えば
「○○のサインカード」とかシングルで販売するにしても
絶対的な人口の差があるところでそれを話してもしょうがないわけです。
例え水樹奈々のサイン入りカードでもマスターズギルドでは4000円というと
「ちょっと高いよね」というお客さまが多い。
これが東京大阪でその値段で出していると即売れてしまうことでしょう。
その上でほかのショップに売りに行ったりね。
そうやってどんどん価格が膨れ上がっていく。
もちろん価格の地域差とかもあるだろうし、
どうしても手に入れたい方は自分の資金があるなら買おうとしてしまう。
それはそれでしょうがないけど
でも、それはその人の価値であり
「全部が全部同じというわけではない。」
のです。
「あなたがそういう価値を持っていても私にはその価値はない」ということをなんで認められないのか。
逆もまたしかり
「私がそういう価値を持っていてあなたにはその価値を持っていない」ことを認めてくれてもいいじゃないか。
みんな同じ価値観を持つ必要があるのか?と思うわけですよ。
それをまた自慢げに
「これは500円これは1500円」とかいうことに何の意味があるのだろう。
逆に言えば「あなたはこの価値しかない」と言われたいのかと。
私はそういうことを言いたくはない。
あくまでもいろんな価値観でもって話ができればと思っている。
もちろん金額で価値を語ることも時には(特に商売をしている我々は)必要だが
ユーザーが「そこだけ」を見ているとすると非常に寂しいものがある。
「高いから買わない」「欲しいから買う」という以前に
「なぜ欲しいのか」
という部分をもう少し考える必要がないかなと。
「周りが使えると言っているから」
とか
「ほかで高く売っているから」
とか
そういうのって「自分の考え方」とか「自分の価値観」とかどうなっちゃうのかな?
周りがしていることが正しいの?
それは価値観の一つであって
それに合わせるためにTCGをやっているの?
確かに商売をしているショップからすればなんでも買っていただけたらありがたい話ではあるのですが
でも、それだけで話をしては業界として「先」があるのかと思ってしまう。
ゲームを楽しんでこそのカードゲームのはずが
いつからか「価値をきそう」ためのモノになったんだろうかと思ってしまう。
じゃあ、いらないからとポイ捨てされるカードには価値がないのか?
そのカードのためにイラストを書いた方の努力とか顔とか想像することもできない?
もちろんプロだから「そうされること」も織り込み済みだろうけど
でも目の前でそういう扱いされるとあなたならどう思う?
そういう風に思うわけですよ。
だから
「この絵師さんが好きで」とか「無限回収しているんです」とかいう話になると私も嬉しくなります。
そう言われたら絵師さんも喜んでくださるでしょう。
そういう意味でカード一枚とは言え「愛」が感じられるのは嬉しくなりますが
そうでないと寂しく感じます。
たかがカードとはいえ
できることならば
その価値をできる限り金額だけで話していただきたくないです。
カード一枚にも多くの人のいろんな思いが詰まっているのですから。
お米のように「88の神様が・・・」などとは言いませんが
多くの人の手がかけられているという事実は間違いないことですので。
テーマ:日記 | 投稿日時:2013/02/21 17:45 | |
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