久しぶりに指摘見解を書かせていただきます。
以前にも書いたと思ったんだけどあまり自分の書いたものを読み返すと恥ずかしくてもだえ死ぬので(苦笑
あまり気にしないで書いてみよう。
もしかすると「以前書いたことと微妙に違う」かも知れないけどその間にいろいろあったと思ってください(笑
さて、なんでいきなりと思うのでしょうけど
ここしばらくブシロードの地区決勝などが連続して行われるに際し
シャッフルに対してかなり気を配っているようで
Chaosの村山Pやヴァイスの田中Pがツイッターで書いているのをよく目にするようになったから。
先に結論を出すつもりはありません。
「どれがいい」という明確な答えがないと考えるから。
シャッフルという行為を考えるあまり全体的に変な方向に行っているような感じがする。
まずシャッフルが必要であるということから考えてみる。
ゲームの特性上「ランダム」である事を重要視するというのはわかる。
しかしゲームをしているのは人間であるからしてどうしても「完全な無作為」というのは厳しいところがある。
マージャンの全自動卓のようなものがあればいい多少は作為的ではなくなるが
マージャンの卓の特性を知っていればそれはそれで作為の入る隙間になる。
無作為なんて完全に行うことは不可能なのか?
一つ可能性があればシャッフルが行われる際にその置かれた「デッキ」「思い出」、「墓地」などを触ることなく他人の手にシャッフルをゆだねる
ということだ。
この状態での問題は「デッキサーチ」に対してはどうするか。
デッキをサーチする際にどうしてもある程度のカードの並びを見ることが出来るので
そこでシャッフルしても数回程度のシャッフルならある程度の予想を立てることが出来る。
「それは不可能だ」と簡単に論ずる事なかれ。
それが出来る種類の人は少なくとも「トランプ」などの世界では存在する。
たかだか50種程度を覚えられないことなぞできないことなど無い。
それができるから「プロ」だ。
しかしそれでは勝てないのがゲームの面白さであるから。(苦笑
特にカードゲームの場合「対戦相手はどんなカードを積んでいるか判らない」という部分があるから、それはそれでもいいんじゃないかという気もする。
だからといってシャッフルを全て第三者に任せていたらどんだけ時間が必要になるかを考えると正直きつい(苦笑
出来る限りシャッフルの行為を少なくすることが対戦時間を短くしてイカサmなどを少なくするという行為につながるのではないかという考えにもなる。
実は先日バトルスピリッツの講習会の時にスタッフの方と話をしたときそんな話が出たのです。
バトルスピリッツでは「出来るだけデッキを触らないようにしたい」「サーチカードを出来る限り少なくする」という意見で製作が進められているという。
これはシャッフルに不安感を抱いている証拠でもあるだろう。
製作側からシャッフルを極力少なくしたいという話を伺ったのはちょっと面白かったので覚えていたのだが
対戦ゲームにおいてイカサマの入る余地を考えればその話はアリかなと思っている。
シャッフルの回数を減らすことで出来るだけイカサマをやりにくい状況にするという措置はある意味正解かもしれない
ただ、現状においてシャッフルは必要なものだしそれが無ければカードゲームが成り立たなくなる。
だって「カードゲーム」はお互いの信頼の上で成り立つっているという大前提も存在するから。
「対戦相手はズルい行為をしない」
という前提でなければカードゲームは「無作為」を必要とする以上「ゲーム」にならない。
だったら将棋や囲碁でいいじゃないか。という話。
ランダムというのは上に行きやすいし下にも行きやすい状況を作り出す。
すごろくで「絶対勝てる」方法があるとしたらサイコロの操作であり
その時点で無作為ではない。
まあ、だからこそゲーム製作者側も「サイコロタワー」などで無作為を演出する方法を作ったりもするんですが(苦笑
でも、ゲームというのはシャッフルやサイコロなどの「不確定要素が楽しい」というのは間違いなく存在する。
この矛盾。
カードゲームはこういうところがすごく面白いんだよなあと思う。
続く。
登録タグ: 雑記
テーマ:私的見解 | 投稿日時:2011/10/25 16:59 | |
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