私の言うことはタワゴトです。

私の言うことはタワゴトです。気に障るようなことが書いてあっても頭の悪い人間が書いていることですので気になさらないほうが良いでしょう。スルーされることを推奨いたします。それでも気にしないという寛大な御心をお持ちの方のみごらんいただくとよろしいかと思います。※現在フレンド申請は顔見知りの方または業界関係者の方のみとさせていただいておりますのでよろしくお願いいたします。

カレンダー
<<2009年
06月
>>
1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30
最近のブログ
最新のコメント
お気に入りブログ

[2024年02月26日]
さん

あっち行ってこっち行って落っこちて(0)

[2022年04月11日]
さん

前略道の上後略(0)

[2021年03月01日]
さん

今日の敵は今日の友(0)

[2020年11月02日]
さん

LはLOVEのL(0)

[2020年05月05日]
さん

パスしたい話題(0)

[2019年10月10日]
さん

継続はかなり力なり(0)

[2019年02月13日]
さん

混ぜるぞ危険(0)

[2017年10月08日]
さん

曖昧三センチ(0)

[2017年05月19日]
さん

あの頃君は若かった(0)

[2016年12月04日]
さん

D-0 LCG化計画:ルール整備編(0)

ユーザー情報
とむやんぷ~
非公開/非公開
3日以上
ブログテーマ
TCGカテゴリ
このブログの読者
大会マナー(06/21) の続きの続き

まず一度立ち返ってみると

手札シャッフル容認派と手札シャッフル否定派ということがマナーの面で「わかりやすい」ということで取り上げられる部分があるのは

ある意味良いことだと思うのですよ。

関係ない話で申し訳ないのですが
江戸時代の「生類憐れみの令」が「悪法なのかいい法律なのか」という話があります。
みなさんどうですか?

テレビ番組で取り上げていたのですが
「犬畜生ごとき頭を下げねばならないなんておかしい」
「ツバメがクスリだという事で捕まえて子供に食べさせたら親も子も死罪」
とか言う話が伝わっております。
これだけを捕らえると悪法になりますが
「生類憐みの令は人間にもあてはまることから当時捨て子を取り締まる唯一の法令だった」
「切捨て御免を律して当時増えだした傾き者(今で言うチンピラ等)を取り締まる事が出来た」
「犬をメインにしたのは犬御殿という野犬を隔離する為の施設を作り上げた為だ」
そういう風に言えば「江戸時代にしては凄く洗練された法令だなあ」とも言えなくもない。

何となく今の手札シャッフルに対する対処法はこの状況に似ているように思うのです。

良くわかんない例えですね(笑

ちなみに私は手札シャッフルは「歓迎しない派」であります。
否定派ではないのは「手札シャッフルの意義を知っている」からです。
でもその上で賛成派ではないのは
「それによる新規顧客の獲得チャンスを失いたくない」から。
つまりブシロードのTCG「ヴァイスシュヴァルツ」のスタンスとして
「TCG人口を増やす為」という前提において
「手札シャッフル」が生み出す効果が「一般レベルの常識」においてどのようなイメージをもたらすか
そこを考えた場合、恐らく普通の感情を持つ人は
「なんかせわしなくて落ち着かない」イメージを持つはずです。
モチロンカードゲームをしていれば「知っている行為」でも
一般の方には「知らないこと」。
もし「自分の子供がやっているとしたら」
たぶん「そんなことやめなさい」といってしまうのではないかと。

その「余計な不安」を少しでもなくすために
少なくともヴァイスにおいては「手札シャッフルはしない方向」が正しいと考えます。
実際問題として「ヴァイスの店舗大会において上位を目指す理由」が余り無いという事があります。
「勝つ事」が楽しみになる事はあっても「あまり勝つメリットが見当たらない」そんな場合は手札シャッフルをする理由は無いでしょう。

逆に「勝負こだわるような大会」にはそれらの行為はある程度認められても仕方ない部分もあるということになります。
実際バトルスピリッツのブログにおいて手札シャッフルは「仕方ない行為」とされています。

で、いつも言われるのが
「勝負にこだわる余り周りが見えなくなる」というそういうユーザーがいることが問題であって
実際のいわゆる「ハイレベルプレイヤー」ほどマナーがしっかりしている。
しかし、それに群れる「勘違いしたプレイヤー」程むやみにマナーを無視している場合が多いということなのです。
コレは不思議な事ですが。(苦笑

しかし勝ちにこだわるということは
ある意味「上昇志向の表れである」のは間違いないこと。

MTGや遊戯王などのランキングや賞金が絡むような大会だと
自然と勝ちにこだわる事は否定出来ませんし
何より勝つと気持ちいですからね。(苦笑

故にゲームによって
「手札シャッフルの可不可」があってもおかしくないのではないかとも考えられるし

また、主催者側でも大会前に参加者の顔ぶれを確認しつつ
新規参加者が多い場合は手札シャッフルを控えるように最初に言っておくとか
そこで「何でだめなんだよ」といわれたら
「新規の方が多くて不安に感じる方がいらっしゃるかもしれないので」と先に言えばいい。
それこそ先に言ったモン勝ちですからね。
モチロン「やったらペナルティ」ではなく「やらないよう努力して」くらいでいいのではないかとも考えます。

いや、それは甘いよという方もいらっしゃるかもしれません。

それはわかるんですけどね。
とりあえずそれも含めて議論は必要だと思うのは
「手札シャッフル賛成派の彼」とも一致します。

で、一番の愚策は
「何も言わない事」に限るのではないかと
まずは
「話をすること」
何にもましてこれに限ります。

登録タグ:

あなたはこのブログの 368 番目の読者です。


テーマ:私的見解投稿日時:2009/06/23 05:56
TCGカテゴリ:
表示範囲:全体
前のブログへ 2009年06月のブログ一覧へ
ブログ一覧へ
次のブログへ
現在“3件”のコメントがあります。
金欠アルド すきゃる さん [2009/06/23 13:09]
結構時間が経ってしまったのでこちらにコメレスのコメレスをつけさせてもらいます。

続きのカテゴリが日記だったので気付きませんでした。(いつも私的見解のカテゴリを見てるので)


そうですね。おっしゃってる事はその通りなのです。

ただ、前回のコメントではジャッジの方は我々のようにゆっくり相手と意見交換する時間はなく、その場で結論をださなければいけない、という事で「判断するジャッジの方は(日頃の研究を)がんばらなきゃ」と表現したのであって「我々は考える必要がない」という意味あいで言った訳ではないのでそこは勘違いされたようなので説明しておきます。
アルドハンター・チェケ boogie さん [2009/06/23 15:51]
 何も言わないこと=愚かには賛成ですので私見を。

 この問題を取り上げる時にいつも気になるのですが、手札シャッフルという言葉を使わない方がよいと思います。
 私がマジックをやっていた時分も対戦相手に手札シャッフルをされたことがありますが、不快に感じたことはありません。ドロー後、一度二度、手札を無音でシャッフルしていたからです。本来、手札シャッフルは無音で行える事ですし、時間にして一秒に満たない行為ですので遅延にも当たらないと思います。本当の意味でドローしたカードの場所を分からなくさせるならば、この程度で充分だと思いますし、上記のようなシャッフルを手札シャッフルと言うのだと私は認識しています。
 自身、相手のターンの区別なく、ひっきりなしに手札をパチパチシャカシャカさせるのは最早シャッフルではないはずです。この行為をシャッフルと記してしまうから、音を立てるのが悪いのか、そもそもドロー後にシャッフルすること自体が悪いのか、という前提の段階で議論しなくてはいけないのだと思います。
 上記のようなドロー後の無音シャッフルは咎められる行為ではないはずですので、これを勝つ為の方策の一つとして用いるのは賛成です。
 ですが「音を立てる」「相手のターン中に行う」の2点に関しては容認できません。これも勝つ為の方策、と言う方もいるかもしれませんが、ロジカルゲームで外的要因を用いるというのは、せっかくの思考ゲームであるTCGを貶めているような気がします。
 相手の良い所を出させずに勝つ、と書けば格好もつきますが、それはあくまでもデッキシステム内でそうすべきで、威圧と騒音によってそれを行うのは闇のゲームで痛みを与えることによって萎縮させる、に似たあまりフェアではない方法ではないかと思います。
福引犬 とむやんぷ~ さん [2009/06/24 16:35]
仕事中だけどレス
>朔太郎さま
了解いたしました。こちらの書き方が悪かったですね。
簡単にまとめようとして失敗してしまった感じですね。スイマセン。
基本的にマナーについては多くの人に考えていただきたいという部分はわかっていらっしゃると思いますので、それは良いことだと考えます。

>boogieさま
そう、そもそも「闇のゲーム」とか言うことが全ての原因のような気もするのです。
これについては次にまた書きます。
・・・まだ続くのかよ(苦笑