重く、鈍い扉を開ける音。大して大きな音ではないはずなのに、静寂な校長室ではひときわ大きく聞こえる。
続いてすたすたという足音、さらにバタン、という扉を閉める音がした。
とうとう、校長先生がこの部屋に入ってきたのだ。
隠れていた段ボールから、その一部始終をうかがう真。段ボールもそれほど丈夫なものではなく、少しでも何かの衝撃があれば転がってしまいそうだ。
足音が鳴り止んだと思うと、ガチャリ、という音がした。様子を伺うことは出来ないが、おそらく、校長先生が椅子に座ったのだろう。
果たして自分は、この後どうなってしまうのだろうか…そんなことを思い、真はこれから始まるであろう永遠とも思える時間の過ごし方を考えていた。
……が、永遠と思えるだろう長い静寂は、あっけなくも崩れた。しばらくの静寂かと思うと、わしゃわしゃという音。置いていたプレゼントの包み紙を開けているようだ。
再び静寂が訪れたと思うと、今度はまたガチャリという椅子が動く音。そしてすたすたという足音がし、扉を開ける音がした。
……校長先生が出て行ったのだろうか?とすれば、今が脱出のチャンスか……
が、しかし待て。校長先生が出て行ったからといってすぐに出るわけには行かない。しかも、すぐに戻ってくるかもしれない。
一体どうすれば――
「……君、聞こえますか?」
脱出方法を考えていると、ふとトランシーバーから通信が入っていることに気がついた。
「今です、校長室を出てください。今なら人はいません」
見張りをしていた実からの通信。助かった。そう思いながら、しかしどこか不安を覚えながらもそっと段ボールから抜け出し、校長室の扉を開けた。
その先には、昇降口につながる廊下。そこには実一人だけが立っていた。
――と、実は真が校長室から脱出したのを確認するとすぐさま一人で帰ってしまった。
「ちょっ……」
声をかけようとしたが、まだ校長室の入口。ここで誰かに見つかってしまうと怪しまれると思い、真は実に声をかけずにすばやく昇降口へ向かった。
「おい、置いて帰るなんてひどいじゃないか」
「いままであまり話していなかったのです。急に仲良くなったと思われたら不審に思うでしょう?」
そういえば真は実とはあまり話したことがない。というよりも、実自身があまり友達と話しているところを見ていない。そう考えると、急に仲のよい友達が出来るというのは少々不思議に思われるか。
「まあ、今は下校中ですし、たまたま帰りに一緒になった、という言い訳はできますが……」
言い訳とは何だろう、と何かもやもやとしながら、真は実に追いつくために早足で歩いた。
「とにかく、今回は計画通り、大成功でしたね」
「何が大成功だよ、校長先生は4時まで帰らないって言ってたじゃないか!」
立ち止まって真が怒鳴る。それに対して、実も立ち止まって真のほうを振り返る。
「いえ、計画通りですよ」
「何が計画通りなんだよ!」
実の強気の発言に、納得がいかない真は、思わず語気を荒げてしまった。
「……とりあえず、歩きながら話しましょうか」
実がそう告げると、真は止まっていた足を動かした。
「校長先生が戻るのは午後4時……と言いましたが、私はきっちりその時間に戻るとは思いませんでした。そこで、念のために校長先生に用事があるからと、木村先生に正確に帰る時間を聞いたのです。すると、午後3時の時点でちょうど出張先を出たところだと話していました。ここからだと大体30分ほどかかるため、午後3時半には帰るだろうと予想していました。つまり、校長先生があの時間に帰ってきたのは当然だといえるでしょう」
人気の少ない閑静な住宅街。近くには商店街があるが、人はまだまばらだった。真は実の言い分を静かに聞いていたが、やはり何か納得がいかない。
「それがわかっていたら、何故僕に教えてくれなかったんだ?」
「教えたところでどうなるものでもありません。それどころか、いつ戻るかわからない不安の中で作戦を実行することになる。そこで校長先生が戻ってきたら、それこそパニックになるのでは、と思ったのです」
そんなものだろうか?と思いながらさらに真は質問を続ける。
「だとしても、あの後校長先生が校長室から出なかったらどうするつもりだったんだ?」
「私には校長先生がすぐに校長室から出てくることがわかっていました。そのための仕掛けもしました」
真は、「仕掛け」という言葉に何か引っかかりを覚えた。仕掛けるとしたら、あのプレゼントの箱しかないはずだが、それらしいものは見当たらなかった。
「あの箱、きちんとあて先が書いていたでしょう?」
そういえば、リボンの上に「校長先生へ」と書いた紙が挟まっていた。まるで女子が書いたような丁寧な字だったのが記憶に残っている。
「あて先が自分なら、まず中身を開けるでしょう。その中には手紙も同封しておきました」
「手紙?初耳だな」
「その手紙に書いておきました。『校長先生、お誕生日おめでとうございます。今日は出張とのことで、1日遅くなりましたが日ごろの感謝をこめてプレゼントを贈ります』と。もちろんパソコンで、ですが。”1日遅くなりましたが”とありますが、そもそも子供が校長先生の誕生日なんてわざわざ調べないと思いますから、先生の誰かだろう、と思うのは確実となります」
なるほど、と思いながら、真は更なる疑問をぶつける。
「しかし、それだけでわざわざ誰が送ってきたか、というのを職員室に戻って聞きに行くだろうか?」
「誰が送ってきたか、ということを聞くのではなく、御礼を言いに行った、と考えればよいでしょう。まだ午後4時を回ってないですし、先生も仕事で全員残っているはずです。しかし、5時になれば帰宅する先生も出てくる。今日中に御礼を言うのであれば、すぐに御礼を言いに行くでしょう。それが礼儀というものです」
「……なるほど、そこまで考えていたのか……」
「逆です。そこまで考えなければ完全犯罪は成立しません」
「そうか……」
完全犯罪というものにあこがれながら、本当の完全犯罪とはどういうものなのか……真は、そのことを考えさせられた気がした。
よくよく考えれば、自分がやったことは完全犯罪になっていない。完全犯罪を成立させるには、実という目撃者を出さない工夫をすべきだったのだ。
「まあ、計画に不備があるようでしたら、お互い話し合えばいいことです。また次回も、同じような”完全犯罪”をしましょうか」
住宅街の十字路が見える。ここからは、真と実は別の道だ。その分岐点にさしかかるまで、あと数分といったところか。
「……さて、いろんな完全犯罪を行うにあたって、メンバーを増やしたいと思っているのですが……」
「そうだな、2人じゃ限界があるしな」
実のように完全犯罪を計画できるような人間がいればいいのだが、なかなかそういう人はいないだろう。少なくとも、何らかの行動ができる人が欲しいところだ。
「出来れば、女性がいいですね」
「なるほど、女の子がいたほうが、華があるもんな」
「いえ、そういうわけではなくて……」
何かを考えているような素振りをする実。その顔を見て、真もどうしたのか、といった様子で実の顔を見る。
「たとえば、女子更衣室や女子トイレに入るような完全犯罪をするとき、徳永君は平気でそういった場所に入ることができるでしょうか?」
「いやいや、女子更衣室を覗くとかやっちゃだめな犯罪だろ」
「そうではなく、たとえば女子更衣室がいつのまにかきれいになっている、とか……そういうことをやるときに、女性がいたほうが都合がいいと思いませんか?」
「たしかにそうだな。しかし、女の子で興味を持つ人がいるだろうか?」
住宅街の十字路で立ち止まる二人。日は傾き、青色の空は徐々に赤く染まろうとしている。
「一応、めぼしはつけていますが……詳しいことはまた明日話しましょう」
「そうだな、今日は遅いし、この辺にしておくか」
僕はこっちだから、と十字路で別々の道を行く二人。真は家路を行きながら、今日のことを振り返った。
「完全犯罪……実際やろうとすると、いろんなことを考えないといけないんだな」
今日の計画は全て実が行い、指示も全て実が取ったものだ。
「ただいま」
いつか、自分が計画した完全犯罪を……そう思いながら、真は自分の部屋に戻った。
次は舞ちゃんを登場させたいなぁ。
続き書くかどうか不明だけど。
テーマ:小説 | 投稿日時:2011/10/09 02:43 | |
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