潜伏所

社会人のカード嗜好は非合法の味。

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【読み物】 髑髏の情熱  ※若干、大人向け

「森野くん。これは何かね?」

目の前の座っている課長の怒気を孕んだ一言でオフィスの空気が一変した。談笑をしていたOLが、無心にキーボードを叩いていたメガネが、それぞれの活動を止める。皆が静かに注目する課長の手には、黒いプラスチック製のケースが握られている。紛れもなく私のデックだ。

私は俯いたまま、この場を収める言い訳を考えながら谷口を呪っていた。




今朝の目が覚めると、携帯電話に谷口から久々にメールが届いていた。

『おひさし。今日大会出ようぜ。八時からだから仕事終わってからでも間に合うだろ。ついでにカード貸してくれ』

そんな内容のメールだった。最後の一文こそ谷口の本当の要件であるのは疑いようがないな、と苦笑しつつ、ポツリと呟いた。

「……大会か。しばらくご無沙汰だったな」

考えてみれば、ここ半年近く大会はおろかまともに対戦すらしていないことに気づいた。
それも当然だ。腐れ縁の谷口を除いて、学生の頃つるんでいた連中はこぞってカードが手を引いた。それは正しい判断だったのだろう。連中に対して裏切られた思うより、置いていかれたと私自身が感じているのだから。
それでも新弾が発売される度にカードを買っていた。デックも暇を見つけてはいじっている。ぶつける相手が居なくなっても、カードへの情熱は残っていたのだろう。

だからだろう。朝食を抜いて、遅刻ギリギリの時間までデックを調子して、馬鹿みたいなメールを谷口に送ったのは。

『大丈夫だ。問題ない』





しかし、問題はあった。

課長へ提出する報告書を取り出すためカバンを開けたその時、慌てて詰め込んできたデックケースの1つが飛び出してきたのだ。声を上げる間もなく、カツーンと小気味の良い音を立ててデックケースは床に転がった。
不幸なことに、私の机は課長の目の前で、課長は先月の業績不振が原因でとても不機嫌だった。




そうして今、課長の机にはズラリと私が作ったデックが並んでいる。私が言い訳を考えるために黙っていると課長が質問を繰り返してきた。

「森野くん。これは一体何かね?」

私の情熱です、とでも言えたらどんなに気持ちいいかと想像するが、クビにされかねない。私は物語の主人公ではない。夢も希望もないサラリーマンだ。

「……」

「どうした、何とか言ったらどうなのかね?」

「申し訳ありません。必要のないものを会社に持ち込んでしまいました」

「ん。そうだな。……で、これは何だ?」

その時私は課長の目を見た。人を見下した目だ。

「……私の趣味です」

私が答えると、クスクスとそこかしこから忍び笑いが聞こえた。
課長は口元をニヤリと歪ませる。

「そうかそうか、趣味か。えらく……いや、くくく」

それから課長の机に並んだデックをカバンに詰め込んで、逃げるようにしてオフィスを出た。





「……夢や希望はない。確かにそうかもしれん。給料は安ぃし、そのくせ毎日アホみたいにコキ使われる。夢も希望も持つ暇はねえよ。だけどなぁ、だからこそなっ、情熱は捨てられねぇぇんだよ!
デックオーーーーーーン!!」

「テンション高ぇな、森野」

何度も参加を見合わせようかと思ったが、結局私は大会へ行った。終始おかしなテンションだったのと、久々の対戦で勘が鈍っていたせいか、大会は残念な結果で終わった。

「これサンキュな。おかげで勝てた」

帰り際、谷口から貸していたカードを受け取った。その際、チラリと谷口の顔を見る。谷口は圧倒的な実力で優勝していた。今日はじめて知ったが、谷口は全国大会の常連でもあるのだそうだ。学生の頃は仲間内でもそんなに強くない方だったはずだ。何が谷口を変えたのだろう。情熱を昔と変わらず、否、それ以上に燃やし続けられるのは何故だろうか。谷口にそれを聞いてみたい、と強く思った。

「じゃあな、谷口」

「おう。また連絡するぜ」

結局、何も聞かずに解散した。何となく言葉で聞いても駄目な気がした。





翌日、異変が起こった。

昨日の会社での出来事が瑣末なことに思えるほどの……。


<つづく>

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テーマ:二次創作投稿日時:2011/05/17 04:12
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