こんにちは、米原です。
突然書きたくなったので、書きました。
お楽しみください。
title : 夏のそよ風とともに
6月に入った途端、雨の日が続いている。
季節らしいと言えば季節らしいが、こうも続くと、嫌なものがある。
しかし、我が家での話題は、もっぱら、もう一か月先の話をしている。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん、この日、お休み取れないかな」
「う~ん、この日はちょっと……」
「なら、こっちは?」
「う~ん、何とかなるかなぁ……」
「じゃぁ、こっち!」
「これなら大丈夫だと思うわ。ちょうど仕事が終わって、一段落しているころだから」
「うわぁ、本当? やったぁ!」
麻衣と姉さんが話しているのは、夏祭りについて。
どうしても、今年は行きたいのだという。
「パソコンの前に張り付くこと三時間、電車で行ける範囲のお祭り、全部調べたんだよ」
麻衣は自慢げに語りながら、該当の日のカレンダーに、二重丸を付けた。
「あとは……」
「どうした、麻衣?」
「ううん、何でもない」
ぱたぱたとあわてながら、麻衣は部屋に戻っていった。
「何か隠しているのかな」
なんだか心配になる。
「大丈夫よ、達哉くん。女の子にはね、いろいろあるの」
微笑む姉さんの顔をみて、深追いするのはやめることにした。
まぁおそらく、何かしらのサプライズ。
……触れないほうがいいな、と思いながらも、麻衣のあわてっぷりが気になってしまった。
そして、前日の夜。
麻衣は、俺たちをせかして、リビングに集めさせた。
「それでは! 明日の為に、私が用意したとっておきの物を、お兄ちゃんとお姉ちゃんにプレゼントいたしまーす!!」
仰々しく、木の箱に入っているもの。
それは麻衣の手作りの浴衣だった。
「サプライズにしたかったから、サイズを測っていないの。……でも、たぶん着られるはずだよ。たぶん!」
「麻衣ちゃん、ありがとう。でもすごいわね、浴衣なんて。
「えへへ、実は家庭科の授業の取り組みの一環でね。着物とは違って、布一枚を大きく切り出すだけだから、実はそこまで手間じゃないんだよ」
「そうなんだ、ありがとうな。麻衣」
「お礼なんていいよ。そんな事より、早く着てみて! 着てみて!!」
俺たちは、今度はせかされながらリビングを追い出され、自室へと駆け込んだ。
着付けを終え、リビングに戻る。
「お兄ちゃん、……どうだった?」
「うん、ちょうど良いよ」
「ホッ、良かったぁ!」
「麻衣は本当に手先が器用だな」
「えへへ、実は随分と先生に手伝ってもらったんだ」
「それより麻衣、……自分のは無いのか?」
「あぁっ! 着替えるの忘れてた!!」
「急がないと遅刻するぞ」
麻衣はパタパタと階段を上がって行った。
それと入れ替わりに、姉さんが来た。
「おまたせ~」
大人の風格のある、見事な着物だった。
「麻衣ちゃんったら、驚かすのに必死で、自分が着るのを忘れちゃっていたなんて」
「普段しっかりしているのに、結構そそっかしいのが麻衣なんだよなぁ」
未だに発動するデスマーチには、手を焼いている。
「お、お待たせ~」
「それでは行きましょう」
「うん、レッツゴー!」
「……?」
「どうしたの、お兄ちゃん? 私の顔に、なんかついてる?」
「……いや、なんでもない」
「……変なの」
電車の中には、浴衣姿の人たちが思ったよりも多くいた。
麻衣は、姉さんと一緒に、浴衣の話をしている。
もっとこうしたかったとか、こんなところが大変だったとか。
あの人の浴衣が可愛いだとか、そんな事ばかり。
だが、一番の言葉は、やはり褒められる言葉だった。
顔を真っ赤にして嬉しがる姿は、やはり可愛い妹と思った。
そして、ああやって人を笑顔で持ちあげられる姉さんはすごいと思った。
そんな二人の、笑顔とほんわかムードと共に、お祭りの最寄駅に到着した。
だが俺は、麻衣が少し不安そうな顔をしているのを、見逃してはいなかった。
駅に到着した人々が向かう先は、神社の参道だった。
一里参道とも呼ばれるこの参道は、名前のごとく、神社の本殿まで4kmある。
入口の少し奥から境内まで、ずっと夜店が並び、にぎやかな声が響く。
「ねぇお兄ちゃん、ちょっとトイレに行ってくるから、待っててくれる?」
「良いけど、なぜ駅で行かなかったんだ?」
「ちょっと急に……。あ、お姉ちゃんも来てくれる?」
「私も?」
「うん、ちょっと不安だから」
「……そうね。何かあったら良くないから、ついていくわ」
「ありがとう、お姉ちゃん」
麻衣は笑顔で姉さんの手を取った。
しかし、あたりをきょろきょろしながら、なんとなく不安そうだった」
「麻衣、大丈夫か? 俺も――」
「お、お兄ちゃんはここで待ってて!」
麻衣はそういうと、駅へ通ずる横断歩道を渡り、道を挟んで向かい側の群衆へと、消えて行った。
麻衣が渡って行った群衆との入れ替わりに、参道へ多くの人が入って行った。
信号が変わり、車が走り始めると、参道の入り口には俺一人となった。
ふと、俺の手に何かが触れる。
金髪に、黒い帽子の女の子……。
なぜかリンゴ飴を咥えている女の子は、まぎれもなく、リースリット・ノエルだった。
「リース! なぜこんなところに」
「麻衣に呼ばれた」
「はぁ?」
「麻衣が浴衣を作ってくれた」
良く見ると、リースは麻衣が作ったであろう、浴衣を着ている。
普段のフリフリの黒服とは異なり、ピンクの明るい色をベースとした、可愛らしい浴衣だ。
「麻衣がせっかく作ってくれた。答えないわけにはいかない」
そう言うと、俺の手を引きながら、参道へ入ろうとする。
「……行かないの?」
「麻衣と姉さんがまだ……」
「大丈夫。二人はいくら待ってても来ない」
「え?」
リースは、俺に紙を差し出した。
中には、『お兄ちゃん、リースちゃんとの久々のデート、楽しんでね』と書いてあった。
「あいつ……」
俺はそんな言葉を漏らし、参道へと身を進めた。
リースは相変わらず、どうやって手に入れたのか謎なリンゴ飴をなめながら、てくてくと歩いている。
もちろん、俺の手を握りながら。
「これすごく悪くない」
「甘くておいしいけど、リンゴ自体は酸味があって、そのギャップが良いんだよ」
「ただ、食べきれそうにない。もったいないからタツヤにあげる」
「えぇっ!」
「タツヤ……。はんぶんこ……」
俺は戸惑いながらも、リースからリンゴ飴を受け取り、食べることにした。
「おいしい?」
「うん、ありがとうな、リース」
「えへへ……」
俺がリースの頭をなでると、リースは喜んでくれた。
リースとともに、本殿の方へと歩いていく。
人ごみの中、小さなリースと一緒に歩くのは、結構大変だった。
平均的な成人男性とは30cm程の差があるリースは、時折、群衆の中に巻き込まれてしまった。
しかし、手をつないでいるので、はぐれることはない。
だが、人ごみのせいだけでなく、浴衣という、慣れない服を着ているため、なかなか思い通りに進めないリースには、歩きづらそうだった。
「リース、ちょっとこっちへ」
「ん……」
俺はリースを引っ張って、なんとか群衆から抜け出し、参道を逸れた。
「タツヤ?」
「疲れただろう? 少し静かなところに行こう」
「……うん」
参道から離れていき、住宅街の中にある、小さな公園のベンチに腰を下ろした。
「リース、お疲れさん」
「……ありがとう」
麻衣から預かっていた保冷箱の中からジュースを取りだし、リースに渡した。
「……開けられない」
「あ、ごめんごめん」
カシュッと言う涼しげな音とともに、甘い匂いが漂ってくる。
「はい」
リースはそれを両手で持つと、ぐびぐびと飲んだ。
やっぱり、疲れが出ていたのだと思う。
「タツヤ?」
「なんだい、リース?」
「はんぶんこ」
「大丈夫だよ、リース。俺の分もあるし」
俺は保冷箱の中から、他のジュースを取り出す。
「……タツヤとはんぶんこしたい。それに、それも飲んでみたい」
「……」
いったいなぜリースは、ここにある三本がすべて異なる味のジュースであるのだと知っているのだろうか。
「……もしかして、ロストテクノロジーで透視したの?」
リースは横に首を振る。
「タツヤの分が無いと良くないと思ったから、言った。そうしたら、タツヤが勝手に別のジュースを取り出した。ただ単に、それも飲んでみたい」
「そっか」
俺は、リースと二本のジュースを半分ずつ飲んだ。
リンゴと、オレンジの一本ずつ。
ただ。
それぞれに、本来入っていないはずの、甘酸っぱさがブレンドされていて、とてもおいしかったと記憶している。
涼しく、柔らかい風が吹くとともに、花火が上がった。
だが、住宅街の中である為、そこまで綺麗には見えない。
「リース、移動する?」
しかし、リースは首を横に振った。
「このままでいい」
「そっか」
俺は、リースに、少しでも良く見てもらえるよう。膝の上に座ってもらう事にした。
これから本格的な夏が始まる前の、最後の涼しい夜。
リースから伝わる暖かさが、湯たんぽのように心地よい。
「……」
リースは突然、ぴょんと飛び降りる。
そして、俺の肩に乗ってきた。
「こっちの方が、見やすい」
リースは、俺の頭に手を載せ、花火をじっと見ていた。
いわゆる、『肩車』をしてもらっている格好で。
「立った方が良い?」
そんな問いかけに、リースは首を横に振った。
「このまま、がいい。このまま、タツヤと二人で、静かに……」
「ふふっ、そうだね」
「でも、こうしてほしい」
リースは、リースの脚を抑えている俺の手を取る。
リースの小さな手が、再び、俺の手と繋がった。
「お兄ちゃーん!」
再び人ごみにまぎれながら参道の入り口に戻ると、麻衣と姉さんが待っていた。
「お待たせ」
「あれ、お兄ちゃん、リー……」
「来てくれたよ」
「えっ?」
「来てくれたよ。そして、さっきまで一緒だった」
「……そっか」
「また行っちゃったんだ。いつものように」
「そっか」
「ありがとうな、麻衣。すごく楽しかった」
「うんっ!」
後日、麻衣の作った木の箱の中の、一番小さな箱に、浴衣が戻っていた。
小さな、しかし、家族には大きな、一枚の紙とともに。
『ありがとう』
この言葉の大きさは、もしかしたら地球よりも大きいかもしれない。
END
夏のそよ風って本当に貴重ですよね。
夏唯一の癒しです。
そんな一瞬の癒しを、あなたにも。
登録タグ: 夜明け前より瑠璃色な リースリット・ノエル SS
テーマ: | 投稿日時:2014/06/09 15:37 | |
TCGカテゴリ: ChaosTCG ファンタズマゴリア | ||
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