Φ野仁志の外の人

概要 Φ野仁志(なかのひとし)とは
カードゲームが好き(ゼクスメイン)で、永遠の少年の心を有す。(ガキともいう)
好きな数字は21。Φ野のΦは、ギリシア文字の21番目の記号であるファイ。
仁志も、偏をのけると二士になり、崩すと二十一になる。
それぐらい21が好き。
ていうか(21)がすき。
それがわたくしfinalset=phinullset

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Φ野仁志
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軍師杯に向けて~武士道と騎士道と~

……迫る7月28日。

この日。自分にとって大きな戦いとなる、軍師杯。

来る未来に思いをはせ、過去の自分を振り返る。


自分は、どうにも「戦い」という場で遠慮してしまう傾向にあった。

当時は深く考えなかったが、今思うに「相手の機嫌を損ねてはならない」という思考に至っていたのだと思う。


自分は、スポーツではいつも敵のマークに付く役だった。

理由は主に二つ。自分が攻めに向いていないから。運動神経の問題で、
どうにもボールをキープすることができなかった。

だから、もらったボールはすぐにパスに回す。

そのプレイでも、学校の授業程度の体育なら楽しくプレイできていた。

二つ目の理由は、そもそも自分が相手の「邪魔」をすることに関して深く考える脳をしているから。


カードゲームでも、ロックデッキのような相手を封殺する動きを好むし、

剣道でも、相手の剣線を逸らし動きを制限するプレイングを多様していた。
(あまり剣道というワードを出したくはないのだが……)

サッカーでもバスケでも、パスカットは自分の基本戦術、むしろそれだけが取り得の人間だった。

そしてマークは厳しく相手に張り付き、行動を制限する。

それが、自分にとって一番考えやすい思考なのだ。

「自分が何をしたいか」ではなく、「相手が何をされたら困るか」。その方が、考えるのが楽なのだ。

そんな自分だから、体育では相手チームには嫌われていた。

「大して強くない。そのくせ、うっとおしいくらい張り付いてくる」

そういわれてから、いつしか自分は「遠慮」をするようになっていた。



……それが過去の話。

そして未来。

自分は、大会に出ることになる。

不安と緊張、そして興奮が同時にやってきて、自分の胸の鼓動を早める。


――今までの自分でいいのか?

良くなんてない。

やっぱり勝ちたい。遠慮なんかしていられない。

確かに、相手を圧倒してしまったら嫌われてしまうかもしれない。

それでも。

一剣士として師匠に教わった言葉を、思い出す。

「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候。勝負事をするからには、どちらかが勝って、
勝てなかった方は負ける。それでも、勝負では手を抜かない。それが相手に対する礼儀」と。

自分なりの解釈をするに、武士道とは「相手を重んじる精神」である。

それに対し、騎士道は「仲間を思う心」である。

どちらが正しいと、自分は思わない。

どちらも正しいと思う。

自分も、相手も、どちらも大切で。

どちらもが楽しめるのであれば、それが一番だろう。


それでも。

勝負事には、必ず勝ち負けが付き。

必ずどちらもが笑える結果になるわけでもない。

それなら、いっそ無慈悲なまでに。

痛みすら感じさせる暇もなく、叩き斬る!

それが、本気で戦うことが。

相手への礼儀であり、最大の慈悲であると思う。


その結果がたとえいかであろうと。


たとえ「運で勝った」と罵られようと。

たとえ涙の敗北を喫しようと。

たとえつまらないまでの圧倒を見せ付けようと。

たとえ超えられない程の強大な力を目の前にしようと。


自分のやることは変わらない。

全力で、挑む

私は、Φ野仁志は。武士としてでも騎士としてでもなく。

剣士として。そしてまた、50の兵(つわもの)どもを率いる軍師として。

この軍師杯に、全力で挑む!







登録タグ: z/x  軍師杯  意気込みと 

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テーマ:ひとしのひととき投稿日時:2013/07/27 04:09
TCGカテゴリ: Z/X -Zillions of enemy X-  
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