……迫る7月28日。
この日。自分にとって大きな戦いとなる、軍師杯。
来る未来に思いをはせ、過去の自分を振り返る。
自分は、どうにも「戦い」という場で遠慮してしまう傾向にあった。
当時は深く考えなかったが、今思うに「相手の機嫌を損ねてはならない」という思考に至っていたのだと思う。
自分は、スポーツではいつも敵のマークに付く役だった。
理由は主に二つ。自分が攻めに向いていないから。運動神経の問題で、
どうにもボールをキープすることができなかった。
だから、もらったボールはすぐにパスに回す。
そのプレイでも、学校の授業程度の体育なら楽しくプレイできていた。
二つ目の理由は、そもそも自分が相手の「邪魔」をすることに関して深く考える脳をしているから。
カードゲームでも、ロックデッキのような相手を封殺する動きを好むし、
剣道でも、相手の剣線を逸らし動きを制限するプレイングを多様していた。
(あまり剣道というワードを出したくはないのだが……)
サッカーでもバスケでも、パスカットは自分の基本戦術、むしろそれだけが取り得の人間だった。
そしてマークは厳しく相手に張り付き、行動を制限する。
それが、自分にとって一番考えやすい思考なのだ。
「自分が何をしたいか」ではなく、「相手が何をされたら困るか」。その方が、考えるのが楽なのだ。
そんな自分だから、体育では相手チームには嫌われていた。
「大して強くない。そのくせ、うっとおしいくらい張り付いてくる」
そういわれてから、いつしか自分は「遠慮」をするようになっていた。
……それが過去の話。
そして未来。
自分は、大会に出ることになる。
不安と緊張、そして興奮が同時にやってきて、自分の胸の鼓動を早める。
――今までの自分でいいのか?
良くなんてない。
やっぱり勝ちたい。遠慮なんかしていられない。
確かに、相手を圧倒してしまったら嫌われてしまうかもしれない。
それでも。
一剣士として師匠に教わった言葉を、思い出す。
「武者は犬ともいへ、畜生ともいへ、勝つことが本にて候。勝負事をするからには、どちらかが勝って、
勝てなかった方は負ける。それでも、勝負では手を抜かない。それが相手に対する礼儀」と。
自分なりの解釈をするに、武士道とは「相手を重んじる精神」である。
それに対し、騎士道は「仲間を思う心」である。
どちらが正しいと、自分は思わない。
どちらも正しいと思う。
自分も、相手も、どちらも大切で。
どちらもが楽しめるのであれば、それが一番だろう。
それでも。
勝負事には、必ず勝ち負けが付き。
必ずどちらもが笑える結果になるわけでもない。
それなら、いっそ無慈悲なまでに。
痛みすら感じさせる暇もなく、叩き斬る!
それが、本気で戦うことが。
相手への礼儀であり、最大の慈悲であると思う。
その結果がたとえいかであろうと。
たとえ「運で勝った」と罵られようと。
たとえ涙の敗北を喫しようと。
たとえつまらないまでの圧倒を見せ付けようと。
たとえ超えられない程の強大な力を目の前にしようと。
自分のやることは変わらない。
全力で、挑む
私は、Φ野仁志は。武士としてでも騎士としてでもなく。
剣士として。そしてまた、50の兵(つわもの)どもを率いる軍師として。
この軍師杯に、全力で挑む!
テーマ:ひとしのひととき | 投稿日時:2013/07/27 04:09 | |
TCGカテゴリ: Z/X -Zillions of enemy X- | ||
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