《夏色の砂時計》
2022/09/16
出かける途中雨が降りそうな感じの空気だなと思ったけど予報では晴れ。
なんだか懐かしい空気。気温は特に高くもなく、低くもない。でも、風が吹くとちょっと涼しくて気持ちが良い。特別な日ではなかったけど、ふっと、頭に浮かび上がってきた記憶。
ゆっくりと歩く。車道と歩道の境目の縁石の上を。
それでもまだ高い隣の肩。
「危ないよ」
と、声が係る。部活が終わってからの帰り道は会社員の帰宅時間とも被るためか車も多い。
「うん」
一応返事らしきものをしながらまだ、縁石からは降りない。もう一回言われたら降りよかなと頭の隅で考えながら歩く。
ちらっと、後や、反対側の歩道とかを見ると制服や、ジャージが見える。一人だったり、複数人だったり。ぱっとみは知り合いとかは居なさそう。橋の手前にある車道を横切るときに途切れた所で歩道に戻る。背が低いことはそんなに気にしていない。足が大きいからいずれ背はもっと伸びるよと言われてるし。
でも、いずれじゃなくて出来るだけ早めに伸びてほしい。きっと隣の子は気にしてる。クラスの中でも、女子の中でも、学年のなかでも高い方に入る彼女が冷やかされているのを見たことがある。二人並んで歩いているときの凸凹さを。僕にはその背の高さも好ましいのだけど。
「さっきは何を読んでたの」
それには触れずに図書室で彼女が読んでいた本について聞く。授業が終わって部活に入っていない僕らは締め出されるまで居座るのが日課だ。読書中はお互い集中してるのを邪魔されたくないからこうやって帰り道でお互いの読んだ本について語り合う。
「つい最近入って本。もともとはハードカバーで出ていたのがちょっと前に文庫化されたの」
「青年から中年と呼ばれておかしくない年になったサラリーマンが事故をきっかけにテロリストと化していく話」
「どお、面白い」
「読んだのは6割ぐらいだけど、面白いよ。主人公の心の変遷と逆に大きな事件、事故があっても変化が少ない、社会の差の描写が丁寧に書かれていて。あ、メインは会社とか主人公の周りの変化の無さかな。」
「ふーん。読み終わったら俺も読もうかな」
「うん、いいと思うよ。心理描写がホントに丁寧だからきっと合ってると思う」
「じゃ、読み終わったら貸してね」
「うん」
「そういえば文庫と言えばさ、角川の社長が逮捕されてたじゃん」
「そうだね」
「それでクラスの女子がさ『新刊でてたけど角川の文庫だからさー。捕まったし気持ち悪いから買いたくない』って言ってた」
「あー、そうなんだ」
「俺は書いた人や、本が悪いわけじゃないから買えばいいじゃんって思うんだけどね」
「そうだね、私もそう思う。ただ、私たちが買った本がクスリに使われててそれが気分良くないってのも分かる」
「ふーん、そんなもん」
「うん」
大きな河を渡る橋の真ん中にかかるとさらさら、しゃららーっと草を揺らし強めの風が抜けていった。草の匂いと水の匂いが混ざり合ったなんか懐かしい感じの匂い。
「きもちいーね」
乱れた髪を手櫛で整えながらいう。それもなんか良いけど。
「うん、なんかさー」
「懐かしい感じがしたよね」
と僕の台詞をの先を言う。本当にこういう所がね。
「あれだね、小学校の草むしりの時の匂い」
「ああ、こんなだったよな」
「匂いってさ、目で見たとか耳で聞いたってことよりもこう、さーって鮮明に昔を思い出させて来るよね」
「そうだね」
「今日の日のこともまた思い出すのかな」
「おんなじような匂いをかいだら、多分」
「なんでも無いだけど覚えていてね」
とまだ少し暴れている髪をなでつけながらこっちを見て笑っていた。
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テーマ:雑文 | 投稿日時:2022/09/16 08:27 | |
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